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聖地ポンドゥル 2020.01.07

今日はポンドゥルのカディ作りを見学に行く
ここはもうインドでも極めて少なくなったピュアカディの里
どんな美しいものが見られるだろう

いざ、カディの聖地ポンドゥルへ

世に聖地は様々あれど、今日行くのはカディの聖地である。

朝8時過ぎのバスに乗り、ポンドゥルに向かう。スリカクランのバス駅は大きめだったが、朝早いせいもあるのかあまり人がおらず、いてもバスに殺到するわけではなく、雰囲気はよかった。

スリカクラン
バス駅でガラスを拭く運転手
スリカクラン
これもスリカクランのバス駅

昨日来た道なのでだいたい時間は読めるが、途中少し渋滞したり、人の乗り降りで時間がかかってやきもきした。ポンドゥルへはちょうど1時間で到着した。

ポンドゥル
ポンドゥル到着
ポンドゥル
9時過ぎのバス駅
ポンドゥル
なんとものどかだ

少し早く着いたのでお茶でも飲もうかと近くをぶらつく。上の写真奥にある雑貨屋でチャイを飲んだ。1杯5ルピー、紙コップが小さいとはいえ今回最安値。今は大体どこでも10で統一されている。

ポンドゥル
立派な看板のおそらく協同組合のような場所

9時15分から待ち始め、昨日の担当者が顔を出したのが10時頃。その後「5分だけ待って」と言って消えた後、再び現れたはいいが「1時間だけ待って」・・・
この時点ですでに10時半だ。こちらが勝手に押しかけているので不満は言えないが、一応今日はアポがあって来ているのにー。インドインド。

その1時間、待っているよりは町を歩いてみようと思い、その旨告げてから出かけた。

いきなり綿を見つけてしまう

歩き出してほんの1分ほど。小さな路地を入ってみた。日の当たるところに老女が座っており、娘さんと思われる人がその人の口に何か入れて食べさせている。ふむ、介護が必要なお年寄りなのだね、と通り過ぎようとした時、老女の手元にある綿を見つけた。

ポンドゥル
ほよよ、綿ですね、作業中だったのですね
ポンドゥル
室内ではチャルカで糸を紡いでいる
ポンドゥル
きれいな竹?かごに工程ごとの綿が入っていた
ポンドゥル
実演してくれる奥さん
ポンドゥル
魔法のように糸が引き出され紡がれていく

奥さんは簡単にほいほいーっと紡いでみせるが、実はこれは本当に難しい技術。私などはまったく出来ないだろうと思う。以前タイでやってみたが、出来なかった。

案内してもらわずに、のっけから核心部分を見せてもらえた。この手紡ぎの工程を、今インドでもやる場所がほぼなくなりつつあり、ポンドゥルのそれはピュア・カディと呼ばれて珍重されているそうだ。

歩き出すと近所の人が。

ポンドゥル
孫と撮って
ポンドゥル
こちらは金細工の職人親子

全員がいとへんというわけではなく、金属系の仕事の人もいとへん部落の中にいる。なかなか面白い。特に繊維に関連する部品などでもなく、指輪を作っていた。

道路を利用して竹籠作り
竹籠作り
床屋。イス1台ずつの床屋が何軒か並んでいた
ポンドゥル
市場、ほんとに村の規模
ポンドゥル
肉屋の店先、ベジの村ではないのですな
ポンドゥル
こちらは魚屋、海も意外に近い

織りの場所にも出会う

「織っている場所はないですか?」と人に訊くと、あっちだこっちだと教えてくれる、みな親切だ。

ポンドゥル
経糸を張り整えているところに遭遇
ポンドゥル
近くの家の数軒が織りをやっている、中に招かれた
ポンドゥル
男性が二人がかりで織る
ポンドゥル
こちらでは女性も
ポンドゥル
生地幅の両方に模様がある場合、二人で織るようだ
ポンドゥル
掘り下げ式だがマンガルギリよりは整った工房だ

2軒のお宅にお邪魔して織りを見せてもらい、チャイまでごちそうになってそこを辞す。

なんかもう見ちゃったね、と言いながらセンターに戻ると、担当氏が待ち構えていて、「では行きましょう」と再び見学スタート。

さらにポンドゥルを見る

ポンドゥル
チャルカによる糸紡ぎ
ポンドゥル
こちらも同じ
ポンドゥル
皆さんありがとうございます
ポンドゥル
ポンドゥルの糸は細く、したがって布は薄い
ポンドゥル
綿を最初に整える時に使う魚のアゴ!

魚のあご!
かなり大きな魚なのだろうか。そしてこれは歯なのか? 細かいギザギザした部分を使って、いちばん最初に綿花からごみなどを取り除く工程で使われるらしい。

ポンドゥル
ゴミを除けたりする
ポンドゥル
金属棒で伸ばして種を除く
ポンドゥル
弓に張った糸でばいんばいん、ふわふわの綿になる

日本でも、布団や座布団の綿の打ち直しをする。その時の道具は知らないが、ネパールではよく大きな弓を持った人が「打ち直し~打ち直し~」と歩いている。今もそうかはわからないが。

ポンドゥル
綿を木の皮で包み、その先端から糸を引き出し、紡ぎ始める
ポンドゥル
木の皮できちんと包む
ポンドゥル
糸の仕上げだと聞いた

こちらのお宅でもチャイをごちそうになる。
ありがとうございます。

ポンドゥル
たくさんの織り模様を入れているサリー
ポンドゥル
1色ずつ作業してはようやく全体を1本だけ織れる

気が遠くなりそうだ。1枚織るのにどれくらいかかるのか。

ポンドゥル
やさしそうな職人さんだった

ポンドゥルにはこうして2日がかりで出かけ、村の様子など見ることができた。
一緒に回ってレクチャーしてくれた担当の方と、村の皆さんに心から感謝。
カルダモンの効いたチャイ、美味しかったな。

実はここポンドゥルにはあまり期待していなかった。見つけられるかどうかの自信がゼロに近かったのだ。
行ってみたら小さな村で、誰もがカディのことを知っており、訊ね当てるのも思ったより容易だった。

最後に生地を少し求めて、ポンドゥルを後にした。

最後に1枚、ふわふわの綿

たくさんの人に技術を見せてもらった。引率者がいてもいなくても、誰も物を売ろうとしない。糸を紡ぐ人はもちろん製品を持っていないのでもあるのだろうが。
マンガラギリでも感じたことだが、この2か所の人たちは、見てもらうことが本当に嬉しいのではないかと思った。礼などいらない、見てくれ、写真を撮ってくれ。そういう空気がバンバン出ているのをどちらでも感じた。

もちろん、見に行くのであれば、十分に礼を尽くしてほしい。敬意を払い、邪魔にならぬよう、気を付けてほしい。チャイや水を出されたら遠慮なく飲んでほしい。もしも買ってほしそうだったら、ぜひ購入してほしい。そう思う。

お邪魔した場所ではどこも、買ってほしそうに布や糸を見せられることがなかったので、最後にセンターに戻り、直営のショップで生地を求めた。もったいなくてもしかしたら一生使えないかもしれないが・・・。

スリカクランへ戻る

スリカクランへ戻るバスは、どこか遠くから来てポンドゥルに寄る。だから来た時点でほぼ満席。何とか潜り込み、途中の集落で人が下りて、座ることができた。
途中、たくさんの乗り降りがある。隣に座っていた人に、神様のブロマイドみたいなものをもらった。何であるかわからないが・・・。

町に戻ってごはん、当然ミールス。ご飯が白ではなく、サフランライスでもない、ちょっと不思議な色と香りと味のものだった。

その後どか盛り・・・

その色のついたご飯を食べると、白いご飯が登場してどか盛りされる。おばちゃんも笑っている。
こういう日常の些細なことが楽しいな。

本日の移動 ポンドゥル往復 バス70ルピー
本日の宿 ホテルA 1800ルピー
昼夜ごはん 160ルピー

マンガラギリの手織り村を訪ねる

カディの里マンガラギリ
であるはずだが、
果たしてたどり着けるのか?

マンガラギリのどこに手織り工房があるのだろう

宿でまず情報収集。
「織っているところに行きたいんだけど」
「サリーを?」
「サリーでもなくても、とにかく手織りしているところ!」
「ハンドルームのことか?」
「そうそう、手織り限定で」

宿のおやじさん、スタッフの子に命じてオートに行かせろと指示。
スタッフ、オートを止めて何やらこっちの言葉で言っている、オート氏もオーケーと言っている、値段はというと20ルピー・・・。

安いな・・・。近すぎる、多分。一抹の不安。

オートは走り出し、ほんの200メートルも行ったか、という辺りで車を停め、

「ここらへん」

とあごをしゃくった。

マンガラギリ
ここらへんと言われましても・・・

多分だが、サリーとか売っている店へ連れていけ、ということになったのか、運転手がわからなかったか、どちらか。
まあ、これだけでたどり着いてたら、出来過ぎだろう。

しょうがないので、薬でも買うことにする。咳止めシロップ109ルピー也。
ついでに暇そうな店員に訊いてみる。織ってるところ知らない? 町の中でないかな? と。
店員たち相談、すると店主が出てきて、
「この道をまっすぐ行くとあるよ、1キロくらい先でまた訊いてみな」

なんともアバウトな。
「地名とかないですか?」
「ああ、書いてあげるよ」

店主は紙切れに「OLD MANGARAGILI」と書いてくれた。さらに何か、店名かな、書いてくれたが、それは読めなかった。まあいい、とにかくこの紙を人に見せて歩けば着くだろう。

インド薬局
ここまで教えてくれた薬局の人たち

さて歩き出す。1キロと言われても、なかなか難しい。
少し大きめの交差点があった。立っていた女性に訊いてみるが、わからないと。
うーん、と首を捻るとバイクの人がいる。訊いてみる。

「もうすぐそこだよ、ほらそれ、見えてるだろ」

全然わからない。すぐそこというならすぐそこか、とまた歩きだしてちょっと経ったところで、さっき訊いたバイクの人が追いかけてきた。

「おいおい、やっぱり心配だから連れて行ってあげるよ、乗って!」

バイクである。こっちは2人である。3人乗りか!

すぐそこと言っていたのは曲がり角のことだったらしく、そこからまたちょっと走って細い路地でバイクが停まる。
「ここだよ」
「ありがとうございます!」
「ねえねえどこの国の人?」
「日本人です」
「やっぱりね、俺、テコンドーのコーチやってるの、写真見る?」
「見る見る」
写真たくさん見せてもらった。テコンドー、韓国だよね・・・? 日本でもけっこう盛んらしいけど。

「この町で何か困ったら電話して!」
名刺をくれて颯爽と去って行った。

織りの工房で

路地から一段上がったところに、木や竹でできた掘立小屋のようなものが建っている。
その中から確かに聞こえるカタンカタンという機織りの音。久しぶりに聞いたな。
それにしても、なんだかものすごい環境だ。機織り小屋と隣の建物(これも機織り小屋だった)の間の、人ひとり通れるかどうかという細い路地が、ごみロードなのである。ゴミで一杯なのだ。うーん、こんなところで、機織りなんかできるのかな、やっているのはやっているのだろうけど、しょうもないものを織っているだけかもしれない。

そう思いながら小屋の入り口を覗いてみる。一番近くにいる人が、入ってこい入ってこいと手招きしてくれている。
お邪魔しますと、体を屈めて中に入る。下はむき出しの土だ。土間でもない、本当にただの土。
その土を掘り下げて、織機が作られている。人の下半身は床面より下に入っているわけだ。
こういう織り方は、インドシナ方面では見ることがないと思う。地機(じばた)とはいえ、地面より低く人間が入ることはない。

マンガラギリ
工房の様子

織機が10台くらいか。すべてが稼働しているわけではなかった。

マンガラギリ
半裸のおじさんが美しいシルクサリーを織っている

周囲のあまりに劣悪な環境から、こんなところで??? と疑って申し訳なかった。
ものすごく美しいものを織っていた。

マンガラギリ
地面に座って足は穴の中
マンガラギリ
地面を掘り下げているのがわかるかな
マンガラギリ
まるで塹壕のような
マンガラギリ
こんなきれいな女性も織っていた

今までインドでは男性の織り手しか見たことがない、初めて女性の織り手に遭った。

マンガラギリ
こちらでも女性が
マンガラギリ
織っている生地は地面すれすれにあるわけだ
マンガラギリ
手元は蛍光灯で明るい
マンガラギリ
おじさんたち並んでいる
マンガラギリ
こんな感じで織っている

カタンカタン、もしくはカシャーンカシャーンという杼が飛ぶ音は止まらない。
この工房、英語が話せる人がおらず、オーナーっぽい人も見当たらず、大抵は見せてもらっていると完成品が出てきてお礼かたがた買わせてもらうのが流れなのだが、誰も何も持ってこない!
商売っ気ゼロ!
困ったが仕方がない。もしかすると契約で織っていて、収め先が決まっているのかもしれない。

お礼を言って工房を後にする。

その後の町で

工房を出て、さらに奥へ歩いてみる。
すると向こうから来たサリーの人が、いきなり「写真撮って!」と言ってきた。

マンガラギリ
美人さんだ

おまけについてきて、と自分が来た方向に我々を案内し始める。なんだなんだとついていく。
ついたのは普通の家で、中には男女のカップル。息子? 婿? どうやら最初の女性はお手伝いさんなのかな。

マンガラギリ
ご夫婦と(たぶん)お手伝いさん

「パニ?」と訊かれて「は?」とか言ってると水が出てくるので注意(笑)。面白いことに瓶ごと渡される。インドの人のように、口をつけずに上手に飲まなければならないので大変だ、何よりただの水道水かもしれないから注意(しようがない)。

さらに歩いているととある家の塀の向こうから、おじさんが手招きしてくる。とにかく来いと言うので行く。

マンガラギリ
糸を整える仕事をしている人がいた
マンガラギリの
こんな狭い所で糸巻き中
マンガラギリの
この人たちも織りの仕事についているらしい
マンガラギリの
糸整え中
マンガラギリの
あひるの模様がかわいい

さらに歩いていると・・・

マンガラギリの
また招かれて民家へ、水の踏み絵付き
マンガラギリの
糸巻き中

案外、布を探してとか、今ならツアーみたいなもので、この町に来る人はいるのかもしれないなと思った。ここに泊まる人は滅多にいないだろうが、ヴィジャヤワダからならどうだ。
小さな町で、その一角では大勢がいとへんの仕事に就いている。織る人、糸を整える人、巻く人、そして今回は出会わなかったが、糸を染める人やらほかにもたくさんいるのだろう。
マンガラギリ、行ってよかった。
途中一度は飛ばそうかなと思ったりしたが、やはり行ってよかったと思う。

織り人たちの写真

工房の人たちは、みな職人であって、自分の裁量で作ったり売ったりする人たちではないのかもしれない。
もしそうであれば、少なくとも完成品を見せるくらいのことはするだろう。それをしないのは、やはり「売る」権利は持たない人たちだからなのではないかと思う。
織り人たちの写真を撮らせてもらった。皆さん手を止めて、レンズを見てくれる。ありがたい。
それにしても皆さんいい表情をしていらっしゃる。
口はばったいが、職人の誇り、そんな空気を感じる。

俺の仕事を見てくれ。
誰もが自分の織っている布に自信を持っていた。

こんな風に、地べたぎりぎりのところで、ほとんど土の中からと言いたくなるようなところから、美しい布が織り出されていた。
マンガラギリ、本当に行ってよかった。

ブージ近郊の染めの村へ 2019.12.08

アジュラクプル

グジャラートは布の産地として名高い
特にアジュラクと呼ばれる木版更紗と、民族的手工芸品が有名だ
ミラーワークに代表される民族ものには今一つ食指が動かないが
更紗は大好きだ、アジュラクの産地に行こう

アジュラク。
インドの布を扱っていてこの名を知らなければそれはもぐり、というくらい有名な布だ。
主にこのグジャラートのブージ近郊で生産されている。木綿への木版染めが主流だが、最近はシルク(混ぜ物系)も多いようだ。高値で売れるからかもしれない。
最大の産地がアジュラクプルという名の村。町かな。
ここはグジャラート大地震の時に被害を受け、今の地に移転した村だそう。住民の多くはムスリムで、ほとんどが布産業に携わっているらしい。
そういえばお隣ラジャスタンのジャイプールでも、染めの仕事をしているのはムスリムと聞いたことがある。伝統的にそういう職業的棲み分けがあるということだろうか、カーストとも関係があるのかも。

アジュラクプル
何とも無造作に地べたに干される布
アジュラクプル
リズミカルに版を押していく職人
アジュラクプル木版
味わいのある木版

村の中にはたくさんの工房があり、そこで大勢が染めの仕事をしている。
染めの作業風景は今まで何度も訪れたラジャスタンと違いはない(と思う)。いわゆるアジュラク! というイメージのデザインが多いのかと思いきや、まったくそんなこともない。いささか拍子抜けした感は否めない。
どこに行っても「草木染め」と言われるが、そんなわけはない。あってもごく一部だろう。特にインディゴは、ケミだろうね・・・。ないとは言い切れないが、どう見てもケミ(笑)。仕方がない、おそらく20年30年前からケミだったのだよ。
いいの。別に本物の植物藍を求めて来ているわけではないのだから。

アジュラクプル染め
下染め。おそらくミロバランまたは?
アジュラクプル染め
染めて洗ったものを干しに行く

運転手が連れて行った小さなショップは言い値が高い。昨年のラジャスタンの倍くらいの値段だ。布を見ていると後から後から白い服を着たムスリム男性が入ってきて、そこらに座り込んでじっと見てくる。気が付けば8人はいた。
うーん、圧力をかけているのだろうか。
そういうのは嫌だな。そもそも高いし。
これだから運転手をつけるのも考え物だと思ってしまうのだ。買えば彼にコミッションが入るのだろう。だから知っている店へ行きたがる。仕方がないこととはいえ、ちょっと目に余ってきたぞ。

そこを出て、車がたくさん停まっている大きめの店を覗くと、インド人富裕層でいっぱいだ。地元の人が来るのならいい店だろう。ここで選ぶことにする。

アジュラクプル
大量のストックから気に入る布を選び出す

ここの値段は昨年のラジャスタン、生産地の値段のほぼ10%高。インドの物価上昇率から考えればまあこんなものだろう。町の店で買うよりは安いと思う。それも確かではないけど。流通ってやつはわからないからね。

綿花畑が広がる

カッチ綿花
広大な綿花畑

ちょうど綿がたわわに実り、収穫している畑もあった。綿花の栽培は年2回だそうだが確かではない。

カッチ綿
見事にはじけた綿、真っ白だ
カッチの畑
隣ではコリアンダーとからし菜を栽培&収穫中だった

車を停めて見ているとおいでおいでと。かなり道から低い畑に下りる。

どこが畝でどこが畔かわからない!

特に畝を作ってはいないみたいだった。そこでコリアンダーとからし菜が混ざって植わっている。

カッチ女性
お土産にとみんなでコリアンダーを摘んできてくれた!

こういう雑菜のほか、キャベツやカリフラワーも盛んに作っていた。ほか大規模に栽培していたのは油を採る大きな植物。食用ではないと聞いた。

ほか、道中立ち寄った村の風景、織りの風景など。織りはまだまだ盛んに行われている。ほぼ絶滅しかかっているインドシナ半島に比べるとまだまだ健在だ。それだけはうれしい収穫。インドで織りが終わったら・・・。本当に寂しいもの。

カッチ民族
衣装が珍しい民族の家族連れ
ラバリー族
羊毛を紡いでいるというラバリー族の老婦人(と孫?)
機織りカッチ
機織り中の村人

この人たちが住んでいる家は日本の援助によって建てられたのだそうだ。カッチ大地震の後だろう。

ラバリー族
こちらもラバリー族の老婦人、刺繍仕事中
ラバリー族

どうもどこに行っても何かしているのは老人ばかりだ。もしかするとこの地でも、こんな手仕事は若い人はやらないのかもしれない。手仕事、刺繍、と言っても正直あまりよいものではなく、これでも生計の足しにはなるのだろうか・・・、と思ってしまう。よいものを見ているインド人なら絶対に買わないだろうな。

カッチ子供たち
子どもたち。写真を撮られるのは大好きらしい